以上のエントリの詳細は本家サイト「デスクの書類をきれいに整理するたった3つの方法」をご覧下さい。
先週金曜日にデスク周辺に溜まった書類を私なりの方法で整理した。基本的に正月休みのいずれかの日、お盆休みのいずれかの日に出社し、私は溜まった書類の整理を行う。正月・お盆休みのため、電話もアポも無く、静かな環境でひたすら書類整理に没頭できる。いずれにせよ、大掛かりな書類整理は年に二回のみだ。
数週間前、他のスタッフの部屋の大改造が行われた。その際、私が関係する書類が私の部屋に大量に送られてきた。かなりの量だったため、いつやるかを考えていたが、先週金曜日17時頃から開始し、22時に終了した。
先に述べたように大掛かりな書類整理、厳密には正月とお盆の間の約半年間溜まった書類の中で「必要」・「不必要」のいずれかで判断し、「不必要」とみなした書類を捨てることが私にとっての大掛かりな書類整理となる。
ただ、数週間に一回程度、机周りの書類を整理する。今回のエントリではその方法と共に私なりのたった3つのポイントでデスク周りがきれいに維持できる書類整理方法をご紹介しよう。
1)デスク上の書類保管スペースはアマゾンの箱で
私の書類保管スペースは、すぐ手に届く「デスク上」、そして保管場所としての「デスク横」の2箇所だ。
デスク上では、アマゾンで何かを購入した時に送られてくる箱が書類保管にちょうどいい。
まず、切込みが入れられている上の部分と短い側面一つを切り離す。これで、大半を占めるA4サイズの書類がちょうど収納できるトレーに変身する。日々、到着する書類や最近の書類はとりあえずアマゾントレーに投げ込んでいく。
箱の高さは7cmほど。ここがポイントで、無造作に投げ込んだ書類の量が箱の高さを超えた時、まず一回目の書類整理を行う。7cm程の書類量なので、「必要」・「不必要」で判断し、不必要な書類は捨てていく。時間は10分程で終わる。
この方法なら、デスク上、いわゆる現在進行中のプロジェクトの書類や、最近来た郵送物など、すぐに処理しなければならないものが7cm以上、増えないということ。そして、7cmを超えた時点で再度、整理するため、常に必要不可欠な書類しかアマゾントレーに存在せず、書類が散乱しないという利点がある。
2)書類はすべて角2封筒に入れ込む
立場上、毎日といってよいほど私宛に郵便物が来る。大半はA4サイズの書類が入る「角2封筒」。この角2封筒を捨てずに書類入れに利用する。
まず、「まち(糊付け・書類を閉じる部分)」を切り取り、単純な袋状にする。その後、プロジェクトなど一つのテーマの関連書類を無造作に入れ込んでいく。そして封筒左上に縦書きでプロジェクト名や書類内容を書き込む。太い赤ペンで見やすく、そしてわかりやすいタイトルで。きれいな字で書く必要は無い。
郵便物であるため、送付先住所(いわゆる私の会社住所)や相手先住所が書かれており、かつ様々な色の封筒となるが、何も気にせずに書類を投げ込み、赤ペンでタイトルを付ける。打ち合わせの際は、必要であれば、封筒から書類を取り出し、クリアファイルなどに入れ替えて持ち出すこともあるが、基本的に打ち合わせの際も、封筒そのものを鞄に投げ込み、打合せを行う。打ち合わせ後、相手から新たな書類をもらえば、封筒にそのまま入れ込めばいい。
ただ、プロジェクトの相手先から角2の封筒を頂戴した際には、その封筒を使うことを優先する。封筒という外観も中身も同じ場合、赤ペンのタイトルを見る必要性が無くなるからだ。
また、確実に何回も利用すると判断した書類は「黄色」の封筒に入れ込む。私の場合、仕事で使う装置のマニュアルなどがそうだ。誰しも何度も利用する書類はあるはず。私の場合は最も目立つと考える「黄色」だが、赤色でも青色でも色は人それぞれ何でもいい。ただ、「黄色」なら、何度も利用する書類=「黄色の封筒」と決め、それを続けることが大切だ。
3)書類保管スペースを決めてしまう=スペース以上に書類が増えない
デスク横には保管用のスペースがある。ただ、この保管用スペースを原則として、いや絶対に広げないという決心がまず必要だ。保管用スペースを増やしていけば自ずから書類は増えていく。そうすると、「あの書類はどこへ行った」という探す時間が必ず発生する。この「探す時間」こそが仕事を行う上で最も無駄な時間であり、私が最も嫌いな時間でもある。
私の場合、ファイルボックスが15個ほど入るラックをデスク横に置いている。これ以上、増やすことは絶対にしない。
冒頭で「正月休み」・「お盆休み」に年二回の大掛かりな書類整理をすると書いた。この大掛かりな書類整理とはまさしくデスク横のファイルボックスに入っている書類の中身の吟味となる。大半は捨てられることが無い。数年来、ファイルボックスの年二回の整理をしていると吟味された重要な書類しか残っていかないからだ。
では、半年間で新たに溜まった書類はどうするのかと疑問を抱かれる方も多いかもしれないが、経験上、アマゾントレーで7cmを超えた書類の約8割は捨てられ、残りの2割が生き延びることとなる。そして、吟味されたファイルボックスの中の書類も半年という時間枠で見ると不必要な書類と判断しても良いものが出てくる。生き延びた2割の書類と入れ替えという流れだ。
ただ、どうしてもファイルボックスに入りきらない状況に陥ることもある。だから正月・お盆という静かな時間を活用し、捨てるか保管するかについて吟味に吟味を重ねる時間が必要となる。そして吟味してもやはりファイルボックスに入らない書類は、机の下に一つだけファイルボックスを置き、そこに格納する。そして次の大掛かりな書類整理の際に、また吟味する。机下のファイルボックスの中身も約半年後には、ほぼ必要ではない書類に変化している場合が多い。いずれにせよ、「書類を減らす」という意識を優先させると不思議と大半の書類そのものが「不必要」・「捨てるべき」ものに見えてくる。
必要なことは「探す時間」を極力、減らすこと
デスク上のアマゾントレーの高さは7cm。この程度の書類量ならすぐに必要な書類を見つけることができる。そして、ファイルボックス15個という収納スペースを維持し、年に二回、静かな時間で半日程度、書類の吟味を重ねることで、どこにどの書類があるかはほぼ記憶に残る。そして角2封筒の左上に赤ペンでタイトルを書くことで、ファイルボックスを一つ取り出せば、すぐに封筒左上の赤ペンタイトルを見るだけで、必要な書類を見つけることができる。
このように、絶対的な書類量を減らすこと、必要か不必要かを約半年という期間で吟味する、書類はすべて角2封筒に入れ、それをファイルボックスに投げ入れる、という繰り返しで、確実に机周りは整理され、そして必要な書類へのアクセス時間は短くなる。
書類整理でお困りの方も多数、おられると思う。特に「散らかったまま」の状態で、「いつか片付けよう」とお考えでありながらもそのままの方も多いと思う。
そんな方には、まず自然に片付けサインを出してくれるアマゾントレーの活用をおススメする。アマゾンの箱でなくても何でもいい。ポイントは「トレーの高さを超えた段階で書類を整理する」という習慣を身に付けることだ。そして先に述べたように「捨てる」という意識を根底に持つことで「必要に見える書類」は確実に減っていくはずだ。
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以上のエントリの詳細は本家サイト「米国大統領選に思う:私の留学体験から」をご覧下さい。
私が米国のビジネススクールで学んでいた頃、ちょうどクリントン前大統領が選出された時だった。現在、次の米大統領選の候補者指名に向けて予備選などが実施されているが、クリントン大統領が選出されるまでの一部始終を米国で見ていた。日本では得られる情報は限られているが、米国では様々な人々の応援演説などすべてが中継され、米国の政治家の演説のうまさに感動した記憶がある。
最初のビジネススクールはワシントンD.C.にある「The George Washington University School of Business」(以下、GWU)で学んだ。米国の首都だけにホワイトハウスなど様々な公的施設が周辺にあると同時に、多くの人々が日本車(ホンダが圧倒的に多かった)を利用していた。そして日本人も多かった。
ビジネススクールではまず一年間、マーケティング・会計・経営戦略などビジネスの基礎を学ぶ。その後、二年目に自らの専門分野を見つけ、徹底的に学ぶ。しかし国際経営を学びたかった私には、GWUでは本当に学びたい分野・教授が見つからなかった。
そこで、米国中のビジネススクールを調べ、「International Business」で全米ランク1位のアリゾナ州にある「Thunderbird School of Global Management」に編入した。東海岸にあるワシントンD.C.から西海岸にあるアリゾナ州まで10日ほどかけて車で大陸横断した。
ワシントンD.C.とまったく違い、アリゾナでは、いわゆる米国車が圧倒的に多かった。もちろん留学生以外の日本人は皆無と言える状態だった。典型的なアメリカの州の一つと言えるかもしれない。そんな状態で私のアリゾナでのビジネススクール生活は始まった。
大学の寮ではなく、私は近くのコンドミニアム(日本でいうところのアパート)に住んでいた。もちろん日本人は私一人で、多くは白人だった。
私が大学から帰ると、コンドミニアムに住んでいる子供たちから小石を何度か投げられた。また、私が部屋にいる時も窓に小石が投げられる音がした。恐らく、コンドミニアムの中で唯一、肌の色も外観も違う人種が存在していることが、子供たちにとっては興味の対象になるのかなと、当初は軽く考えていた。もちろん人種差別という言葉も考えたが、日本人である私が他国人になることは無理な話であり、また、小石の一つや二つが投げられても身の危険を感じるわけでもなく、コンドミニアムの管理人に苦情を言うことも無く、生活を続けていた。
しかし、ある日、大学から帰った私にとって、到底、耐えることができない事態がついに発生していた。
部屋のドア一面すべてにケチャップとマヨネーズが塗られていた。そして大量の小石がドアの前に投げつけられていた。ドアのノブを開けようにもそこにもケチャップとマヨネーズが塗りつけられており、中に入ることもできない。
米国滞在時に初めて身の危険を感じた瞬間だった。「そこまで私は嫌われているのか、早くここから出て行けというメッセージなのか」と私は感じた。そして、コンドミニアムの管理人に現状を見てもらい、ようやく私は部屋の中に入った。
コンドミニアムの管理人は、「今後、何かあれば注意する」という一言だけを残して去っていった。私は即座に引越することを決意した。数十世帯は暮らしているコンドミニアムという空間で、私は嫌われ者だったのだ。原因が私自身の性格や態度にあるのか、それとも肌の色や外観が違うからなのか。原因は後者だろう。
私は、生まれて初めて「人種差別」というものがまだこの国に明確に存在していることを理解し体験した。
さて、現在、米国では大統領予備選の最中である。初の女性大統領、あるいは初の黒人大統領、いずれかが生まれる可能性がある。まだまだ、結果はどうなるかわからない。日本と違い、大統領選は複雑であり長期戦でもある。
ただ、今まで述べたような私の体験・考えが米国に今もまだ存在しているのか、それとも「人種」や「肌の色」などの違いを超越した「変革」を米国民は望んでいるのか、私にはわからない。そしてそれらがどれだけ選挙戦に影響しているのかもわからない。
いずれにせよ、初の黒人大統領が現実となった時、米国民は本当の意味での「変革」を望み、「変化した」と言えるのではないかと私は考える。
これからの米国大統領選に、今まで述べたような視点からも注目したい。
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以上のエントリの詳細は本家サイト「なぜ道路でなく道路工事が欲しいと率直に言わないのだろうか?」をご覧下さい。
私の自宅は四つ角にあり、周辺の道路は2台の車がやっと交差できる程の小さな道に囲まれている。自宅近くの駐車場から車で会社まで約10分。しかし、数日前の降雪で会社到着まで1時間以上を要した。
降雪した朝、自宅前の道には国道方面に向かって数十台の車が並んでいた。逆方向に車が通ろうにも通れないほどぎっしりと車が列をなしていた。その道を抜ければ国道になるのだが、京都方面行きが極めて渋滞しており、信号が青になっても3、4台がやっと抜けられるような状態だった。そんな渋滞の道を車内で待ちながら、今、自宅近くに急病の方がおられても救急車は通ることはできないだろうな、どうするのだろうかと考えていた。
さて、今、「ガソリンの暫定税率」・「道路特定財源」・「一般財源」など道路に関する問題について、行政や国会関係者の間で盛んに議論されている。
ある首長は「道路は生活のために絶対に必要」、ある議員は「道路に関する費用対効果が不透明、役所の言いなりだ」と言う。どこまでも平行線で噛合うことのない議論に見えて仕方が無い。
ただ、私が報道などで知る限り、誰一人として率直に、そして明確に「道路が必要なのではない、道路工事が欲しいのだ」と言った方はいない。誰か言われた方がおられるかもしれないが、国民の大半は、「本当は道路でなく、道路工事・公共事業が地元に必要だから、ここまで議論がなされているんだろう」と考えているはずだ。そして直接的、間接的な利害関係者がさらに首長や議員の背中を押す構図が見え隠れする。
我々の仕事は造園業だ。公共事業が年々、減少傾向にある。我々も少なからず影響を受けていることは確かで、近い将来、新たな道路が建設されれば、道路の植栽工事を我々が受注できるかもしれない。しかし、会社の事業に関係なく、今後10年間に約59兆円もの道路を建設することが果たして必要なのか疑問視せざるを得ない。
そして、道路特定財源の使途や費用対効果の不透明さが、暫定税率の引き下げあるいは10年間延長いずれかの議論をさらにややこしくしている。
明確なソースがあれば良いのだが、恐らくバイアス・恣意的なソースしかないと考えられるので、以下は私の想像だ。
「ガソリンの価格が高いまま=車に乗る人が減る=環境に良い」というまったくの一面しか見ていない主張が政府の一部にあった。では、59兆円分の道路建設で排出される巨大なCO2はどうなるのだろうか。
ガソリンの暫定税率が撤廃されれば、車に乗る人は今以上に増えるはずだ。特に輸送関係は鉄道輸送の一部がトラックなどにシフトしていくだろう。「ガソリンが安くなる=環境負荷がさらに高まる」という図式だ。
これからの10年間、さらに日本の人口は減少し続け、高齢化が目に見える、体感できる社会となるだろう。しかし、なぜか59兆円の道路を建設する必要があり、そのために暫定税率は撤廃できないと政府は、頑固にも見えるほどの主張を続ける。
私はガソリンの値段(厳密に言えば暫定税率)はこのままで良いと思う。ただ、税収すべてを道路建設に活用することには反対だ。財源が道路特定財源、一般財源いずれかといった一般庶民がどう議論しても何も変えることができない区分けは今はどうでもいい。
私はガソリンから得た税収を道路ではなく、地下鉄などの公共交通や温暖化対策などに使うべきと思う。例えば、大都市の一つである京都さえ東西南北の2つしかまだ地下鉄は整備されておらず、極めて不便だ。車で移動せざるを得ない場合が多々ある。温暖化対策についても次の洞爺湖サミットで環境が議論の中心となる。その際、日本は道路で59兆円を10年間かけて建設する法案をやっと可決しましたとでも報告するのだろうか。恥ずかしくて他国の首脳に対して言えるはずも無いだろう。
私なりの想像した考えをまとめると、1)人口が減少することが明白な国が10年間で59兆円もの道路を建設することは諸外国と比較してもあり得ない。2)ガソリンが安くなれば自動車利用が増え、必ず環境負荷は高まる。3)59兆円の道路建設は利便性を上回る果てしない環境負荷を発生させる、という3点だ。だから、税収の一部を他に活用すべきと考える。
しかし、どうしても作るべき必要な道路というものが存在することを私は否定しない。先に述べたように私の自宅周辺の道は車の通行量と比較して極めて狭い。小学生の通学路でもある。小学生は登下校時に並んで歩く。彼ら彼女らの横を注意しながら走る車もあれば、スピードを落とさず、走り去る車もある。いつ事故が起きても不思議ではない道だ。
他にも道路が必要な要因は地域それぞれ多々あるだろう。ただ、従来通り、行政が計画すれば無駄が生じる。私だけでなく多くの国民も同じ思いだろう。
だからこそ、「本当に必要な道路」を建設する際は、その地域の住民が建設費の一部を負担すれば良いと思う。一人当たり1%などは到底無理だが、建設規模や想定される受益に応じて0.005%や0.001%などに変動させていけばいい。
重要なことは、国や自治体任せ、丸投げではなく、自らも建設費を一部負担するという「覚悟」を持つということだ。自分の財布から建設費の一部が引かれるのであれば、建設費や建設業者自体も住民自らが精査し、建設工程も見守るだろう。
自分の家を建築する時、すべてを業者任せにする人はいない。時には何度も図面を確認し、時には何度か建築現場に足を運ぶ。そうしていわゆるマイ・ホームというものを手に入れる。その流れと同じだ。自分の財布で一部負担した自分の道路という意識があれば、道路完成までに対する視点はまったく変わる。
道路は税金でつくられるもの。しかし、今まではあまりにも間接的であり、直接、自分が負担しているという意識は無かったはずだ。その意識を受益者のみが一部負担するという図式を認識することで、監視の目が高まるため道路の無駄遣いはなくなり、本当に必要な道路が適切な費用で完成すると私は考える。大規模な高速道路建設も自分の財布から一部捻出しなければならないと考えれば、本当にここに高速道路が必要か真剣に考えるだろう。
今まで述べてきたことは、夢物語かもしれない。あるいは、道路工事を欲しい人々にとっては、何を考えているのか、と思われるのかもしれない。しかし、このやり方を実行するくらいの気概がなければ、暫定税率がどうなったとしても、59兆円の道路建設が決定したとしても、いずれの場合も環境への負荷は高まることだけは確かだ。
昨日、民主党の管代表と宮崎県の東国原知事が、道路に関する公開討論を行った。私も一部のみニュースで見ていた。そこで、このようなやりとりがなされていた。
「なぜ宮崎県は他県と比較して道路整備が遅れているのですか」と質問された知事。
「政治家の影響力が関係していると聞いております」と答えた知事。
政治家や一部の関係者だけが左右できるモノの一つが道路ということだろう。そこには将来の地球環境への配慮など微塵も無い。今、自分の立場が守られればそれで良いという思いしかない。しかし、誰かがこの流れを止めなければ、何十兆円ものお金が、未来永劫、道路へ費やされる可能性がある。しかし、道路以外に費用を要するものは多々あるだろう。
悪循環の流れを断つには、再度になるが、自らが受益するものについては、自らの財布から直接、目に見える形で負担するという「覚悟」が必要だと私は考える。道路だけでなく、自らの生活に直結するものについてもそうだ。京都市が行っているゴミ袋の有料化も一つの例かもしれない(費用対効果については議論すべき点が多々あるが)。そうすれば無駄遣いは少なくとも解消への方向へ歩み、悪循環の流れは断ち切れるかもしれない。
一つか二つ前の総理大臣が言っていた。「改革には痛みが伴います」と。彼の言う痛みは今まで述べてきた「覚悟」とは少し違うかもしれない。しかし「痛み」こそが自らの生活を見直すきっかけの一つであることは間違いない。「痛い」という直接的な変化を感じなければ、誰しも動かず、何も変わらない。これは日常生活も会社経営も、そして国家の運営も同じだと私は考える。
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以上のエントリの詳細は本家サイト「世界同時株安:庶民の気持ちと政治家や官僚の気概の乖離に思う」をご覧下さい。
まもなく私がいる京都市では市長選が実施される。
過日、我々の製品を集荷に来た宅配便のドライバーに聞いた。
「今度の市長選、選挙に行かれますか?」と私。
「ここまで腐りきった政治では、誰がなっても一緒でしょう」とドライバー。
宅配便のドライバーは基本的に年中無休だ。もちろん交代で休みをとっているとしても年末はクリスマスプレゼントやお歳暮、そして正月にはおせち料理の配送といった感じで休む暇が無い。
換言すれば、取り扱う荷物の量で、景気や世相が体現できる職種ともいえる。景気の移り変わりを良く知っていた一昔前のタクシーの運転手のようなものかもしれない。
顔見知りで毎日のように会う宅配便のドライバー。彼の顔つきや行動を見ていれば、繁忙期なのか、一段落した時期なのかがすぐにわかる。朝から深夜近くまで働く彼。先に書いたように景気や世相を毎日、肌で体感している彼の一言は、ある意味、一般庶民の声を代表しているとも言えるだろう。
「社長、こんなに政治が腐りきっていている中で、市長が変わったところで、私の生活が良くなると思いますか?」という彼の一言。
私もそう思う。京都の市長が誰になろうと、私の生活に大きな変化はないだろう。そして我々の会社にも大きな変化はないだろう。
少し視点を変えてみる。生活に影響があると思われる昨今の世界同時株安についてだ。
さらに注視しなければならない「世界同時株安」。結果や状況次第で日本の景気や物価に大きく影響するため、我々の事業にも影響がある。
もちろん大企業程の影響は無いとしても、ニッチかつ定価の無い事業展開をしているため、お客様の財布・マインド次第で見積価格や最終的な価格を下げざるを得ない事態が皆無とはいえない。原油高については既に私の会社でも少なからず影響を受けている。
そんな中、一人の政治家が恐らく、日本人全員を敵に回したような発言をした。少なくとも私には到底理解できない発言である。
以下、「鳩山兄弟、80億失うも危機感ナシ? 同時株安」政治も‐政局ニュース:イザ!」から一部引用する。
世界同時株安で顔面蒼白(そうはく)の一般投資家も多い中、現閣僚で資産トップの鳩山邦夫法相(59)が22日、株価下落で「40億円損した」と告白。法相は、「兄も40億円損してる」と付け加えたが、これに兄で民主党幹事長の由紀夫氏(60)が、「(閣僚なら)対策の必要性を言うべき」と猛批判している。
「友人の友人がアルカーイダ」発言など、何かと物議を醸す発言の多い法相だが、22日の閣議後会見で、閣議中に株安対策が話題となったことに触れ、自ら「資産公開を基に試算すると『40億円損した』とか、そんなことばかり言われている」と記者団に語り、苦笑いを浮かべた。
私はこの報道をテレビで見ていた。法相が記者団に喋り、記者団の笑いを誘っていた。笑うほうもおかしいとは思うが、笑わざるを得ない状況なのだろう。
「40億円損した」と軽々しく言うことに庶民は反感を覚えると法相は思っていなかったのだろうか。恐らく、彼の頭には庶民感覚など皆無であり、リップサービスの一つのようなものだったのだろう。
まさに庶民と政治家の感覚の極めて大きな乖離の最たる例といえるのではないだろうか。宅配便ドライバーが政治に興味も期待も失くして当然である。
一般庶民、何の利権もしがらみもない庶民にとって、もはや政治・政治家は無縁の存在。逆に過去から現在まで利権にしがみついていた人々にとっても政治や政治家は頼りにならない時代になってきていると私は考える。しかし頼る人がいないため政治家に頼らざるを得ない人々が、まだ存在している。きつい物言いかもしれないが、今まで「自助努力をしてこなかった人々」と言わざるを得ない。
カネと票が欲しい一部の政治家。責任逃れ、自己保身、そして天下り先確保のために奔走する一部の官僚。そして自助努力をしてこなかった一部の人々。これら三者があいまって迷走する日本をさらに悪化させ、短期的な政策、みせかけだけの政策がこれからも続けられていくのだろう。
私の親戚に官僚がいる。あるところで審議官を務めている。彼は親戚の不幸があっても駆け付けられないほど多忙を極めている。政治家の動きに右往左往しながらも毎日、深夜まで仕事を続けている。もちろん週末にゴルフなど行っているはずもない。そんな彼が上司ではないとしても、法相の発言を聞いたとしたら、一瞬、唖然としただろう。あるいは、「またか、もうやめてくれ」と感じたかもしれない。
私が懇意にしている政治家も、地道に地元の声を何とか国政に反映させようと私欲を忘れ努力している。
しかし、庶民感覚を失った政治家、そして国民のために存在していることを忘れた官僚がいることも事実だろう。こういった政治家や官僚の「絶対数」が増えている共に、これらの一部の政治家や官僚の気概と庶民の気持ち・感覚が過去よりもかなり大きく乖離しているように私は思う。
この国に明るい未来はあるはずだ。
しかし、明るい未来を実現するためには、誰に頼るわけでもなく、我々庶民一人ひとりが、開拓していくしか今は解決策は無いと私は考える。
そして多くの人々が誰に頼るわけでもなく、自助努力で日々を過ごしていると私は考えている。そうせざるを得ない状況にまで日本は来ている。
これら多くの人々の努力に対してこれ以上、一部の政治家や官僚は邪魔をしないで欲しいと私は切に願う。
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このエントリの詳細にご興味のある方は、本家サイト2008年2月2日付け「MBAの視点で見る「Microsoft」の「Yahoo!」買収提案」をご覧下さい。
以下、本文です。
極めてエポックメイキング(画期的)な案件、あるいは逆に想定された案件、いずれにも解釈できるかもしれないが、少し短めのエントリとなるがMBAホルダーとして私なりに思うことを少しばかり書いてみる。
Yahoo!の現在の株価を見れば、現段階での条件・買収提案は額面通りに考えれば最適な時期・内容と言える。
そして、Microsoftにとっては、Yahoo!に対する今回の買収提案は、Googleに追いつく、追い越すための策でしかないと思う。誰もが納得することだろう。
以下、「【解説】米Microsoft,迷走の末の「Yahoo!買収」提案:ITpro」より一部引用する。
MicrosoftのLive路線は,思ったほどの成果を上げられなかった。Live構想を発表したわずか1年後の2006年末に,MicrosoftがYahoo!と買収交渉を始めていたことこそが,同社の苦境を物語っている。
この苦境は,直近の決算にもはっきりと表れている。Microsoftの2007年10~12月期決算におけるオンライン・サービスの売上高は,前年同期比38%増の8億6300万ドル。米Googleの2007年10~12月期決算の売上高48億2668万ドル(前年同期比51%増)と比較すると,額・伸び率ともに大きく見劣りする。
2007年に入ると,MicrosoftがGoogle路線とYahoo!路線の狭間で悩むのをあざ笑うかのように,Google自身が Yahoo!やMSNのテリトリーに進出し始めた。Googleは2007年5月にディスプレイ広告(バナー広告)に強い米Double Clickを買収。いよいよメディア向けの広告ビジネスでも,Googleは無視できない存在になった。Microsoftも,同じくディスプレイ広告に強い米aQuantiveを60億ドルで買収して,Googleになんとか対抗を図る。
しかしGoogleは手を緩めない。2007年秋には,携帯電話機プラットフォーム「Android」を発表。Microsoftとしては,「Windows Mobile」を担ぐスマートフォン向けOS市場を侵食されるだけでなく,携帯電話機向け広告でもGoogleの後塵を拝するおそれが出てきた。
結局、Microsoftとしては,無理をしてでもYahoo!を買収せざるを得なくなった、というのが実情で、上記引用通りの背景がある、あるいは、あったのだろう(そう私なりにも考えたため引用した)。
しかし直面するであろう大きな問題は、双方の企業文化があまりにも違うという点。この分野において専門家ではない私でも、企業文化、いわゆる社風が極めて違うと感じている。
Microsoftの社員、社風、そしてYahoo!の社風。どうみても大きな乖離があると思う。今後、実際に買収が完結するまでにYahoo!の社員の離脱・退職が予想される。ストックオプションなどそれなりのインセンティブプランをYahoo!社員は既に獲得しているはずだ(これから株価が乱高下するとしても)。そのインセンティブの恩恵をこの買収提案を受けた段階でさらに考慮する社員は存在するだろう。
重複になるが、今回の買収提案によって、Yahoo!の株価は乱高下するだろう。その株価にYahoo!社員は敏感になり、それぞれ最適と思う時期にそれなりの行動に出るだろう。もちろん、社員だけでなく、既存の株主やYahoo!の創業者以外の経営陣も同様だろう。
いずれにせよ、先に述べたようにMicrosoftとYahoo!では社風・企業文化が違う。米国では日常茶飯事のM&A、米国で異文化企業同士の企業がM&Aで成功しているとしても、今回の事案は買収額もある程度、巨額であり、かつ買収が成功したとしても、最たる目的であるGoogleを凌駕する戦略が打ち出せるか、そして現実化するか、まだまだ疑問だ。
先に買収ありきではなく、Googleを凌駕する戦略を描いた上での買収提案なのか、それとも苦渋の選択、あるいは選択肢がYahoo!買収しかなかったのか、これらの点もこれから注視すべきではないかと私は思う。
そして、Microsoft、Yahoo!双方の既存株主の動向も考慮すべきだろう。時間があれば、株主構成を調べることで、それなりの分析もできるが。
私なりに現時点で考えられるシナリオは次の通りだ。独禁法の問題を排除した上での前提条件として、1)買収提案を受け入れた場合、Yahoo!共同創業者の一人であるジェリー・ヤン最高経営責任者、そしてもう一人の創業者であるデビッド・ファイロ氏が、二度目の創業者利益として莫大な現金とMicrosft株を保有することとなるが、これらの利益目当てで、買収提案を受諾する可能性は低いという点、2)既にYahoo!は買収防衛策としてPoison pill(毒薬条項)を導入しているという2点を前提とする。
1)Yahoo!単独で既存株主も納得する企業価値向上策を掲げ買収拒否。
2)買収拒否を受け、敵対的買収をMicrosoftが仕掛け、混乱。
3)他の企業が買収合戦に参戦する。
4)GoogleがYahoo!の一事業部門買収に名乗りをあげるか一部資本提携。
これらのシナリオの中で、1)から3)までは現実問題となる可能性は高い。ただ、Googleが今回の買収合戦に何らかの形で加わる可能性は低いが、GoogleがMicrosoftよりもYahoo!の特定の事業部門買収提案については、可能性も皆無とは言えないだろう。Googleも傍観しているはずはない。この場合、Yahoo!の既存株主や社員、ステークホルダーは、さらなる恩恵・理解を得る結果となる可能性もある。もしかすれば一般ユーザーである我々も新たな恩恵・サービスを得られるかもしれない。
敵対買収となった場合、MicrosoftがProxy Fight(委任状争奪戦)まで持ち込む可能性は低いと思う。Proxy Fightは取締役を買収先に送り込むなどの株主提案を受諾させるものであり、敵対的買収合戦の一部でしかないと同時に文字通り「敵対的」な行動で、今回の買収事案が泥沼化する可能性があり、Microsoftも回避したいはずだ。
換言すれば、「Proxy Fight的」な戦術すらMicrosoftが選択した時点で、MicrosoftとYahoo!だけの事案ではなくなっているということ。この時点で、Googleだけでなく様々な利害関係者・関連企業が表面化せざるを得ない状況に陥っているはずだ。
買収が実現すれば、あるいは失敗したとしても、買収提案からMicrosoft、Yahoo!の対応、他企業の参入から買収事案終了までの過程において、近い将来、ハーバードビジネススクールのケーススタディとなる程の事案となることに間違いは無いだろう。成功例か失敗例かいずれかのケーススタディかどうかは誰もまだ想定できないが、多方面の視点でのケーススタディが多数、出来上がりビジネススクールの学生を悩ませるだろう。
いずれにせよ、Yahoo!にとって、既に想定されていたとしても、大きな試金石として、彼らの対応、そして今回の買収提案で生じる事象について今後も注視したい。
以上、MBAホルダーとしては、極めて幼稚かつ短い分析だが、土曜日ということでご容赦を。そして報道がなされた直後の土曜日のエントリであるが、今後、様々な憶測・観測記事が報道されるだろう。これらに惑わされず、事実のみを注視すべきと私は考える。
関連記事:
「塗り変わるか、検索の業界地図--マイクロソフトがヤフーに買収提案:スペシャルレポート - CNET Japan」
「大西 宏のマーケティング・エッセンス:Yahoo!がGoogleに身売り?の衝撃 - livedoor Blog(ブログ)」
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このエントリの詳細にご興味のある方は、本家サイト2008年2月5日付け「大乱闘スマッシュブラザーズX不具合に対する任天堂様の神業的対応への御礼」をご覧下さい。
以下、本文です。
「大乱闘スマッシュブラザーズXを購入したが、不具合が生じ、Wii本体がまったく動かなくなった」というエントリを書いたのが、2月1日。しかし、想像以上、いや想定の範囲を超越した任天堂の神業的対応がその後にあった。
以下、時系列にまとめてみよう。
1月31日昼過ぎ:
大乱闘スマッシュブラザーズX発売日、そして入手した日。
1月31日夕方:
大乱闘スマッシュブラザーズX不具合発生、Wii本体もまったく動かない状態に。
1月31日深夜:
帰宅後、オンラインで任天堂サービスセンターへ修理依頼。
(修理依頼直後に自動返信にて修理申込受付メールを受信。)
2月1日16時過ぎ:
結局、任天堂サービスセンターへWii本体とソフトを直接、持参。
(サービスセンターは混んでおらず、わざわざ持参いただきありがとうございますとの担当者の返答があったと妻から聞いている。)
2月1日夜:
任天堂ウェブサイトにて本件について告知
参考:「Wii専用ソフト「大乱闘スマッシュブラザーズX」のディスクが読み取れない症状についてのお知らせ」
(このお知らせには、以下のように記載されており、持参でなく着払いで良かったと少々、残念に思うと同時に、やはり1週間以上、修理に時間を要するのかと、これまた少々、残念に思う。)
※発送はクロネコヤマト(TEL:0120-01-9625)または佐川急便の料金着払いをご利用ください。2月4日9時過ぎ:
※弊社到着後、およそ一週間を目安にお返しすることを予定しております。
修理を受付た旨のメールを受信。
(金曜日に直接、持参したのに土日を挟んでの月曜の修理受付メール到着に、仕方が無いと思いつつも、これはかなり修理に時間を要するかなと少し不安に思う。)
2月5日(今日):
極めて多忙な一日を過ごした私。打ち合わせ数件をこなす途中で、夕方に自宅前を通る。せっかくなので、家に入ってみるとちょうど長男の友人達5名程度が遊びに来ていた。友人の一人から「大乱闘スマッシュブラザーズX」が問題なく動いたとの話を聞き、今度の日曜くらいには我が家にもWiiが修理されてくるよと、長男をなぐさめる言葉を残し、すぐさま仕事へ戻る私。
2月5日20時:
任天堂サービスセンターより驚愕のメールが。何と本日、発送した旨の内容が記載。宅配便の伝票番号も記載。ネットで追跡すると18時半頃には既に宅配便は受付られた状態であった。
以上をまとめると、2月1日金曜日のサービスセンターが終了する17時直前に持参。週末を終え、月曜に修理受付のメール受信。そして翌日火曜に修理終了、発送のメール受信。そして実際に火曜18時過ぎには発送ということとなる。
もちろん、今回の騒動の発端である「大乱闘スマッシュブラザーズX」もサービスセンターには手渡してある。換言すれば、ソフトの動作確認も終了したため修理完了、発送となったわけだ。任天堂ほどの大企業で動作確認もせずに発送などとは、あり得ない話だ。
サービスセンターへ持参した2月1日の夜に無償修理の告知が任天堂で実施された。この告知を実行する段階で、それなりの修理体制を任天堂は構築したのだろうか。基本的に週末はサービスセンターは受付対応していない。ただ任天堂本体は週末返上で対策を講じたのだろうか。
考えられるとすれば、金曜にサービスセンターへ持参後、週末関係無しに修理を開始したのか、あるいは月曜までに万全の修理体制を構築し、月曜・火曜で修理を終えたのか。この場合、実質的に1日と半日程度で修理・動作確認・発送という対応を完了したといえる。かなりの、いや早過ぎる対応である。他の企業の対応を比較するまでも無い。
少なくとも数千台程度のWiiが任天堂に押し寄せてきているはず。もしかすれば数万台かもしれない。どの程度、修理対象になるか任天堂も予測できないため、ウェブでのお知らせでは1週間程度の期間が必要と告知したと思う。
しかし、実際は1日と半日で修理から発送は終わった。
これが我が家だけなのか、それとも他もこのスピードで対応しているのか、もちろん私にはわからない。
ただ、やはりサービスセンターにわざわざ妻が持参したことが少しは影響しているのかなとも考えている。「持参された方は優先的に」という社内規定などはもちろん無いだろう。また、人情のようなものが関与しているとも任天堂ほどの規模の企業では想像できない話ではあるが。
いずれにせよ、サポートセンターに電話しても繋がらない、いくら事情を話しても適切な対応ができず、何度もやりとりを繰り返すといった、どこかのIT企業とは対応に雲泥の差がある。
一度、任天堂に就職してみようかなと思うほどの神業的対応に、任天堂の皆様に心より感謝したい。極めて迅速なスピード対応、そしてすべてが無償という顧客満足を完璧に満たす組織とはどうなっているのか実際に体感してみたいとも思う。
あとは、「大乱闘スマッシュブラザーズX」なるソフトを私が遊ぶことなのだが、これこそ私にとっては神業に近いほど無理な話で残念ではある。もちろん、子供たちが喜び、遊ぶ姿を週末に見ることはできるが。
以上、「大乱闘スマッシュブラザーズX」については、不具合を受けた方が多いようで「該当エントリ」が検索上位になっており、アクセスが多数あるため、これらの皆様に少しでも参考になればとも思う。
重複になるが、任天堂の皆様、ありがとうございました。私の会社も今回の対応を何らかの形で顧客対応の事例として活用できればと考えております。さすがに私の会社の規模では着払いから修理、そして発送すべてを無償で迅速に行うまでの体力は数件なら可能であるとはいえ、数千件はまだまだ無理な話ですが。
このエントリの詳細は本家サイト2008年2月1日付け「大乱闘スマッシュブラザーズX不具合と某巨大掲示板の憂鬱」をご覧下さい。
以下、本文です。
「大乱闘スマッシュブラザーズX」というWiiのソフトが子供たちにとって最も欲しいモノとかなり以前に妻から聞いた私。どこが凄いのかは現時点でも私には不明。しかし、現時点では売上1位のようである。
私は、このサイトで今までに頂戴したAmazonの報酬(ギフト券)を妻に渡し、数ヶ月前に妻が予約注文を実施(ちなみにクリスマスもお陰さまでAmazonの報酬でプレゼントの一部を購入しました。私のサイト経由で毎日のように、Amazonの商品をご購入いただいている多くの皆様、改めて御礼申し上げます)。
発売日が昨日1月31日。そして会社に到着したのも1月31日の昼過ぎ。
自宅付近を通る用事があったため、私はこのソフトを片手に自宅へ。自宅には長男と三男が。
「大乱闘のソフト、持って来たぞ!」と叫ぶ私。
「やったぁ!」と飛び跳ねる子供たち。
ただ、このソフトには、「使用前にWii本体を更新する必要がある」との注意書きがあり、ほとんど何のことか理解していない私は、とりあえず、「Wiiが更新できるか」を見届けるまで、自宅に待機。
Wiiはネット接続での更新も可能。簡単に言えば、Windows Updateのようなもの(と思う)。我が家のWiiはネット接続などしていないが、このソフトが自動的にWii本体を更新してくれる旨の内容が注意書きに書かれており、いわゆるPCソフトを入れた後、自動的に各種ドライバーを更新してくれるものと同じなのかなと理解した私。
「よし、注意書きを良く読んで、やってみて」と私。
「うん」と頷き、ソフトをWii本体に入れる長男。
しかし、2、3回やっても、何の変化もなし。
そこから、私と妻の悩みは始まった。
仕事中でもあり、そしていずれ何とかなるだろうと考えた私は、とりあえず「いろいろと試してみて」と子供たちに言い残し、会社へ。
そして19時頃。妻からメールが。
「何をしてもソフトは動きません・・・」と。
このメールを見た私は、極めてソフトを楽しみにしていた子供たちに対し、どうしたものかと考えた挙句、某巨大掲示板を見てみることに。
常日頃、某巨大掲示板など見たことは多少あるが書き込みなどしたことが無い私は、何とか試行錯誤の結果、「大乱闘スマッシュブラザーズX不具合報告スレ」といった感じのスレッドを発見。
いろいろと書き込まれている内容を見た私。初期の書き込みには建設的かつそれなりに有意義と思われる内容が書かれており、その内容をメールで妻に連絡。その結果、
「その他のソフトもすべて動かなくなった・・・」との驚愕のメールが到着。
これまたどうしたものかと、某巨大掲示板を眺める私。
しかし、時間が経つにつれ、掲示板の書き込み内容があまりにも建設的でなく(建設的であると期待する方がおかしいという方もおられるかもしれないが)、雑談的な内容から私にとっては不必要、かつ苛立ちすら覚える書き込み内容が続いていく。
何度かリロードし、書き込み内容を見続けた私。しかし、書き込みを読むにつれ、憂鬱な気分になっていく。そして、いくら子供たちが楽しみにしているとは言いながらも仕事中の私には限界が。
時刻は21時前。
「現在、どうでしょうか?」と妻へメールする私。
「何も動きません・・・」との妻からの最終通告にも似た回答が。
このメールを見てとうとう帰宅することを決断した私。帰宅したのが21時半過ぎ。
「オンラインで修理依頼をして」との妻のリクエストに、本体機種番号などを書き込み、オンラインで修理を依頼。
「巨大掲示板には修理が無償とか有償とかいろいろと書いてあったぞ」と私。
「こんな場合は、無償に決まっているでしょ」と強気な妻。
そして、今日。自宅からWii本体や周辺機器を持参し、会社から任天堂のサービスセンターへ宅配便にて送付しようと考えた私と妻(もちろん、着払いで)。
今日は13時から新聞の取材があった私。
取材中に携帯に電話が。
「サービスセンターに持参する」という妻。
サポートセンターにやっと繋がり、やはり着払いは無理であることが判明し、サービスセンターへ行く電車賃の方が安いとのこと。
「了解しました、よろしくお願いします」と私。
そして2時間程度の取材を終え、帰社したところ、ちょうど今、修理受付終了との妻からのメールが。
とりあえず、これにて一件落着。あとは修理を待つだけとなった。
いずれにせよ、時にはとんでもない騒動を起こす某巨大掲示板。そして、地震など災害時には有効な手段になる場合もある巨大掲示板。しかしながら、今回の「大乱闘スマッシュブラザーズX不具合」については、有効な情報も無く、憂鬱な気分がつのるばかりであった。
特に、気になった点が某巨大掲示板の書き込み内容の真偽を判断できないという点。ソフトに詳しい人でも判断に困る内容が書かれていたと思う。門外漢の私などは、あまりにも無意味と思える内容の羅列にがっかりであった。
しかし、唯一の救いは任天堂のサービスセンターが「京都」にあるということ。
もちろん、Wiiの修理が終わり、ソフトが作動するまで「任天堂バンザイ!」とは叫べないが。
最後に、寒い中、Wiiをわざわざサービスセンターに持参してくれた妻に感謝。いつもながら、頼ってばかりで本当にありがたく思っている。
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昨今、問題となっている中国産冷凍ギョーザ。この問題は今後も解決には時間を要するだろう。
現在、農薬の一つである「メタミドホス」がギョーザに検出され、またその他の農薬も検出され、その混入過程の解明が急がれている。
今回のエントリは、混入経路がどこにあるかといった視点を目的としない。以下に一つの記事を一部引用する。以下、「ギョーザ手作り器」の注文殺到 中毒事件で - ビジネス」からである。
ここから
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冷凍ギョーザ全般の売り上げが落ち込む一方、ギョーザ器具の大手、下村工業(新潟県三条市)には、全国のスーパーや専門店などから注文が殺到。手作りギョーザの食材コーナーで一緒に陳列するスーパーも多く、フル稼働でも注文をさばき切れない状況という。このため、1日当たり倍増の3万個へ増産を検討している。
同社の「ギョーザ名人」(550円)、「ギョーザ大好き」(320円)など3種は、ポリプロピレン製の器具に皮と具を乗せて折り込むことで、「手軽にスピーディーに『皮閉じ』できるのが特徴」(東急ハンズ新宿店)だ。
大手スーパーのイトーヨーカ堂は、問題発覚後の1週間、国内産のキャベツやニラ、ひき肉、ギョーザの皮などの各売上額が前年実績比2-3割増で推移。国産食材への回帰と「自宅で作れば安心」という消費者心理が浮き彫りとなった形だ。
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ここまで
ギョーザ器具の企業には失礼な表現だが、何とも単純な図式と言えるかもしれない。「冷凍ギョーザは今はどれもこれも不安」=「手作りが安心」=「ギョーザを簡単に作ることができる器具を売ろう、買おう」という流れが一つ。「中国産の野菜でギョーザの具をつくるのは不安」=「でもギョーザが食べたい」=「日本産の野菜を使おう」=「日本産の野菜価格が高騰」というもう一つの流れ。さらに、中国産の野菜の価格が下落しているという報道も見た。
少し視点を変えてみよう。米国と日本を比較した日本人特有の「横並び行動」についてだ。
私が米国に留学していた頃(当時はまだ音楽を聴くにはカセットテープが主流だった)、ショップに行くとカセットテープは2、3種類しかなかった。
しかし、一時帰国した際に見た日本のショップでは、10種類以上ものカセットが陳列され、特に薄型カセットケースには驚いた。しかし、薄型は日本では、一年以上前から販売されていた商品と聞いてさらに驚いた。もちろん、お気に入りの音楽を録音するという機能には違いは無い。違いは見た目であり、収納に便利な薄型といったちょっとした機能性だけだ。
米国滞在時、少なくとも日本人なら寒いと感じる時期でも半袖で歩いている人を見かけた。逆に私なら暑いなと感じ、Tシャツを着る時期に長袖で歩いている人もいた。ご存知のように米国は多民族国家。様々な人種が集まっているため、人種によって体感気温も違う。だから半袖の人もいれば長袖の人もいるわけだ。
現在、米国では次の大統領の予備選が行われている。そこでは「ヒスパニック系」がある候補を指示した、「黒人」が大半を占める州である候補が勝利した、といった選挙結果が報道されている。日本ではあり得ない表現である。日本の選挙の場合、「無党派層」や「何らかの支援団体」の得票があったといった表現で選挙の勝ち負けを分析する。そこには「人種」といった概念は皆無だ。
このように、多民族国家と日本のように多民族とは言えない国家では、起こり得る事象がまったく違う。先に述べたようにカセットテープが2、3種類しかないのも各人種ごとにターゲットを絞り込み、それに応じたテープを販売するなど意味がなく、かつ無理な話であり、結局、どんな人種でも買うであろう少ないラインナップで十分となる。そこには薄型カセットテープも必要なかったのだ。しかし、日本の場合、ターゲットを絞り込みやすいため、あるいは購買ターゲットが限定され見えやすいため、逆に多様なラインナップを出さざるを得ない。
よって、各企業が同一の事業ドメインで、根本的には大きな違いはないが、多様なラインナップを揃えた商品を作り続けざるを得ない国が日本である。コンビニで数ヶ月で陳列商品が大きく入れ替わることもその結果だと言えるだろう。形やちょっとした機能が違うだけでは商品寿命は短くならざるを得ない。いくら周到なリサーチを行っても当たりはずれが多いからだ。しかし、米国では多様な人種が存在しているため、必要な機能さえ十分に付加されていればラインナップを増やす必要もなく、かつ商品寿命も長くなる。
逆に、ヒットすれば、誰しもが飛びつく。これも日本の特徴だ。このように、多様かつ似た商品を頻出せざるを得ない日本、そして、一つでもヒットすれば、その規模がとてつもなく大きい。これが一つの日本人の社会性と私は思う。
まさに、先に引用した「ギョーザ器具」の瞬間的な爆発的売上は日本人の特性を現している。そして、「冷凍ギョーザ」と聞いただけで、どんな商品でも不安視する点も日本人の特徴の一つだろう。
これが日本人特有の「横並び行動」そのものだと私は考える。
また、少し視点を変えよう。我々が今回の騒動で学ぶべき点、忘れてはいけない点だ。
自動車は便利である。しかし、事故の可能性は飛行機と比較すればとてつもなく高い。それでも多くの人々は自動車に乗る。なぜなら、自動車の危険性よりも利便性を選んでいるからだ。
電車の安全性は高い。少なくとも自動車事故の件数とは比較にならない。飛行機も同様だ。だから、電車も飛行機も人々は利用する。事故の危険性よりも利便性や安全性を人々は買っているわけだ。ただ、大規模な電車や飛行機事故が発生した場合、一時的ではあるが電車や飛行機の利用を人々は避ける。利便性や安全性よりも危険性を人々が認識した瞬間にこのような事象が生じる。いくら自動車事故が多発していても他人の世界でしかない認識が電車や飛行機事故の場合は、他人事でなくなる。
中国産の冷凍ギョーザは、今まで安全性も利便性も付加されていた。だから人々は買っていたのだ。それが、中国産であろうと日本産であろうと「安価で手間のかからない冷凍食品」という認識が人々の根底にあり、冷凍ギョーザは買われていた。しかし、今回の中国産冷凍ギョーザ騒動で危険性という認識が安全性や利便性という認識をはるかに超えた。その瞬間に「中国産冷凍ギョーザは危険」=「中国産の冷凍食品は危険かもしれない」=「日本産なら大丈夫だろう」という連鎖が生じた。
そして、先に述べたように、日本人特有の「横並び行動」がさらにこの連鎖を増長させたと私は考える。
過去から中国産の食への不安は存在していた。しかし、中国産の農産物や食品を避ける日本人は少なかったはずだ。そして、中国産を避けようにも、外食産業や業務用など、どれが中国産でどれが日本産かわからないという現実もあった。日本の食産業が中国産に頼らざるを得ないという状況もあった。
しかし、中国産の農産物や食品は危険であるという認識が、今回の騒動で利便性をはるかに超えてしまった。その結果が、「手作りギョーザ」であり「国内産への回帰」となって現れている。
換言すれば、食品だけでなく、どのようなモノに対しても危険性という認識が利便性や安全性を超越した際に、売れなくなるということだ。今回はたまたま「中国産」であった。しかし、特定の企業の商品が利便性よりも危険性が増した際には売れなくなる。そして重複になるが、日本人特有の横並び行動が一挙に生じ、安全性や利便性だけでなく、商品や企業の命である「信頼」を失う結果となる。
今回の騒動を「冷凍食品業界」で起こった事件と単純に認識しては駄目だと私は思う。安心感や使いやすさを提供していると考えている企業・商品いずれにおいても、そこに何らかの形で危険性が生じ、それが安心感や利便性を超越した時、瞬時にして日本人特有の横並び行動によってモノは売れなくなり、信頼を失ってしまう点を忘れてはならない。
今一度、各企業は、今回の中国産冷凍ギョーザ騒動を違った視点から考え、見直すべき点が無いか確認する必要性があると私は考える。
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今日からお盆明けの本格的な業務再開。
昼食後、いつもの如く、「気分転換の場所」へ。
そして、お盆休み中に漠然とあるいは、もやもやとしていたものが明確になった。
それが、「私の人生の目標は何か」ということ。
今までにもいろいろと考えてはいたが、どうも明確にならなかった。
それが、ちょっとしたきっかけで明確になった。
「我が家族が誇りを持てる父親になること」
少し表現が曖昧かもしれないが、私なりにはもうすっきりとしている。
これを私の人生の大きな目標とすればいい。
少なくとも自分の子供が彼ら、彼女らの友人に私のことを紹介する時、
あるいは、彼ら、彼女らの友人たちが我が父親のことを紹介する時、
胸を張って、誇りを持って、私のことを話すことができるようになる。
もちろん妻も同じようになって欲しい。
長女がある程度、世間や社会のことを理解できるまであと10年余。
この10年間で、5人の子供、そして妻も胸を張って、誇りを持って、
そして、自信を持って、
私がしていること、してきたこと、これからしようとすることを
誰にでも話すこと、語ることができるような人間になろう。
もちろん、今の私では到底、無理な状態。
ただ、まだ10年もあると考えればできない話ではない。
曖昧な目標、到達困難な目標かもしれない。
しかし、目標やゴールが簡単過ぎることは、
長い、そして一度きりの人生にはもったいない。
目標は明確になった。
あとはこの目標に到達するためにどうすれば良いのかを
日々考え、実行していけばいい。
私が自分なりに決めた人生の目標に邁進する姿を見て、
子供たちや妻も幸せになればいいとも考えている。
一度きりの人生。
大きな目標を持って、日々を大切に過ごしていきたい。
誰もが平等に与えられる「時間」。
せっかく平等に与えられているものだからこそ、
目標到達まで「時間」を大切に費やしていきたい。
長男を筆頭に3人の夏休み自由研究がほぼ終了段階となりました。お盆休みを利用し集中的に「自由研究」をそれぞれ試みた結果といえます。
長男の場合、最初の計画とはまったく違う結果を生むこととなったわけですが、それまでの試行錯誤の過程は彼なりに将来、大きな糧となると私は考えています。
小学生から中学、高校生、そして大学生まで、「夏休みの宿題」は「言われてやる」よりも「自分がしたいからやる」という2種類の動機があると思います。もちろん社会人になっても「言われてやる」という思考経路の持ち主より、「言われる前に自分なりに考えてやる」といった思考を常に持つ人間では、その後の人生に大きな差がでます。
この「言われて初めて取り組む」という姿勢と、常にアンテナを張り巡らせ「自ら実行する」という姿勢の違いは、重複になりますが、本当に大きな差が日時の経過と共に明らかな、そして目に見える形で現れてきます。
私は社員に「常に自分の専門外についても知的好奇心を持ち、貪欲に多様な知識を得るように」と言い続けていますが、この点ができる社員とそうでない社員では数年後の社員個々の成長に大きな差が出てきます。
眼前にあるタスクは常に早く処理し、隙間時間や自宅でのちょっとした一時に知識を得る、学ぶ、そんな姿勢やライフスタイルは必ず良い結果を生むと私は確信しています。

